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地面を染める赤がジワジワと濃さを増す。

「なに、私もただの人間だったということだ」

松永はそう言って、ゆっくりと左手を持ち上げる。

「何のつもりだ?」

警戒も露に、いぶかしむ遊士に松永は続けて言った。

「屍は残さない様に決めていてね。少年、よく見ておくと良い。いくら足掻こうが卿等もいつかは朽ち行く、全ては無に還すのだ」

クッと口端を吊り上げ、口を開きかけた遊士より早く、松永は自分の言葉を実証するかのように最期に笑った。

「私の様に。…さらばだ少年」

言いたいことだけ言って松永はパチリ、と火薬を仕掛けた指を弾く。

ドンッと足元が大きく揺れ、炎が立ち昇る。咄嗟に翳した右手の甲を熱風が舐めた。

「―っ!?」

「遊士!」

一番近くにいた遊士は政宗に腕を掴まれ、後方へ引かれる。

「野郎自爆しやがったか…。遊士、大丈夫か?」

「あぁ、何とか…」

ヒリヒリと痛む右手の甲を押さえ、遊士は松永のいた場所から目を離せずに頷き返した。

「遊士様!」

「奴は…」

彰吾と小十郎もすぐ側へ駆け付け、松永が自爆した地点を見つめる。

そこには、黒煙を上げ大きく抉られた地面だけが残されていた。

奴の言う通り全てが無に還ったのか…?

違う。…そうだとしても、何も残らないわけじゃない。例え目には見えなくとも。

遊士はキツく拳を握り、視線を外した。

アンタだってそうだ。オレの記憶に、嫌な奴がいたなって思い出として残るんだ。







視線を外した遊士は政宗の顔色が悪いことにハッとした。

腹部を見れば蒼い陣羽織が血で汚れている。

「政宗、傷が…!!」

「No problem.ちぃと傷口が開いただけだ。それよりお前こそ、その手と肩…」(問題ない)

互いに怪我した箇所を指摘し合っていれば、低い声が一喝する。

「御二人ともです!城に帰る前に応急処置させて頂きますのでそこに座りなさい」

「っ、彰吾?何怒って…」

「彰吾、先に遊士の手当てしてやれ」

「何言ってんだよ。政宗の方が重傷だろ。先に…」

そこでもまた一悶着あったが彰吾に諌められて二人とも大人しく手当てを受けた。

「政宗様」

そこへ、手当てを受けている途中にこの場を離れた小十郎が六振りの刀を腕に抱え戻ってくる。

「小十郎」

「六(りゅう)の刀、この通り無事ここに」

政宗の手に返ってきた刀に遊士は知らず安堵の息を吐いた。

良かった…。

こうして無事、囚われた斥候と六(りゅう)の刀を遊士達は取り戻した。

さぁ、やるべき事は後一つ。

「政宗」

「ah?どうした?」

遊士は政宗の正面に立つと、真剣な表情を浮かべる。

「結果がどうあれオレは政宗に刀を向けた。どんな処分を受けようと覚悟は出来てる」

「遊士様!?…っ、政宗様!処分は俺が受けます。遊士様を止められなかった俺にこそその責任はあります!」

遊士の言葉をかき消す様に彰吾は声を上げた。

それに政宗は一瞬驚き、二人を見やるとふっと息を吐いて口元をゆるりと吊り上げた。

「処分?誰をだ。この件で罰すべき奴なんざいねぇ。そうだろ、小十郎?」

視線を投げられた小十郎は政宗の意図を汲み、はっと頷く。

「政宗様がそう仰るのならそうなのでしょう」

「ですが…」

それでも言い募る彰吾と納得のいかない表情を浮かべる遊士。

政宗はやれやれと肩を竦め、言った。

「俺が気にすんなって言ってんだ。この話は終わりだ」

「政宗…」

帰るぞ、と話を終わらせ背を向けた政宗に遊士は改めて伊達政宗という人物の器の大きさを感じていた。

「あ…、待って政宗!オレも一緒に!」

「小十郎殿。本当によろしいので?」

政宗を追って歩き出した遊士の後ろを歩きながら彰吾は伺うように隣を行く小十郎を見た。

「政宗様はあの通り遊士様を罰する気はねぇ。だからお前もそう気にするな」

「はぁ…」

それでも難しい顔を止めない彰吾に小十郎はしょうがねぇな、と苦笑し、彰吾が頷きやすくなるよう付け足す。

「あまり気にし過ぎると返って遊士様が心配するぞ」

それは彰吾も本意ではない。

「そう、ですね。分かりました」

彰吾は考えた末、政宗の言葉を受け入れた。




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